他の人に当たり前で、自分にとって当たり前でないこと、あなたにもあるのではありませんか?
自分にとってそれが当たり前になることが、他の誰かのためになることなのであれば、自分にとっての当たり前を壊して、先に進んでみませんか?
わたしのささやかな体験のお話をさせてください。
Facebook投稿がきっかけで……。
先日、こんなFacebook投稿を目にしました。
【時間がありません❗ご協力お願いいたします❗】
心臓移植手術を受けるために、募金が必要です❗
かよちゃんは、小さな体で、一生懸命病気と闘っています❗️
でも、かよちゃんの心臓も限界に来ています。
すぐに手術が必要です。
その為に、お金が必要です。
小さな体で、自分の命と向き合っているかよちゃんに、お力をお貸しください❗️
募金だけでなく、投稿のシェアなど、ご自分に出来る範囲で構わないので、ご協力お願いいたします❗️
もう時間がありません!「かよちゃん」を救うため、皆様のお力が必要です!
~けなげに難病と向き合う1歳の女の子のために、私たちはたくさんのことができ~
http://www.lac.co.jp/news/2015/06/19_press_01.html
かよちゃんを救う会
http://kayo-chan.com
かよちゃんという重い心臓病で苦しんでいる女の子を救うための募金活動が行われているということを知らせる投稿でした。
詳しいことは、上記リンク先をご覧いただきたいのですが……。
今回、このニュースを目にして、わたしは「今までのわたしだったら、おそらくやらなかった行動」をしました。
その行動は、本当に、本当に、ささやかなことです。普段、当たり前にやっているような人にしてみたら、「今更、何それ?」と言われるようなことです。
でも、わたしにとっては大きな一歩でした。
何をしたのか?
「かよちゃん募金」をしました。
え?
そんな感じですよね。
でも、今までこの手の募金とか、わたしは積極的に関わろうとしたことがほとんどなかったので、自分でビックリしているんです。
人って……。想いがあれば行動できるんだな。
「ささやかな行動」ドキュメント
わたしがその投稿を目にしたのは、6月23日(火)の朝7:00でした。
わたしの大切なパワーパートナーの森彩花さんからの、かよちゃんの急を知らせる投稿でした。
募金だけでなく、投稿のシェアなど、ご自分に出来る範囲で構わないので、ご協力お願いいたします❗️
彩花さんのこの一文を見て、わたしは「出来る範囲の協力」と思い、記事シェアをしました。そして、午前中にアポがあったので、支度をしてそのまま出かけました。
アポまでの時間、カフェでお茶をしながら、わたしはふと考えました。
「出来る範囲の協力って、わたしに出来る範囲って、シェアすることだけなのかな?」
そして、改めてかよちゃんを救う会のHPを見てみました。すると、街頭募金の日程が書かれていました。
「そうか、募金しているところに行けばいいんだ」
ところが、わたしの行動予定と街頭募金の場所&日程が合いません。
「なんだ、しょうがないな」
今までのわたしだったら、ここで行動は終わりです。でも、その時のわたしは、少し違いました。
「本当に、街頭募金の場所まで行かないと募金できないのかな」
もう一度、HPを見直してみました。すると、募金箱が置いてあるお店の一覧表がありました。
「これだ!」
ずっと見ていったら、ちょうどその時いたカフェのすぐ近くの住所に、募金箱が置かれているお店があることを発見!
「あった! 仕事が終わったら、行ってみよう!」
救う会のHPには詳しい住所が書かれていなかったので、お店のHPを見に行きました。すると、そこは夜のお店で、なんと営業時間は夕方から!
その日の予定は昼過ぎには終わる予定でした。さすがに募金のためだけに夕方まで時間は潰せないな……。と思って、他にないかどうか、探してみました。すると、歩いて行ける距離のところにあるお蕎麦屋さんに募金箱があることを発見!
「あった! ちょっと遠回りだけど、ウォーキングがてら行ってみよう!」
と、いうわけで、仕事帰りにそのお蕎麦屋さんに行って、無事募金をしてきました。
ミッション完了は15:30でした。
ちなみに、6月26日時点で目標額を達成し、募金は終了したとのことです。お役に立てて、本当に良かったです!
自分にとっての当たり前を壊す勇気
わたしがしたのは、本当にささやかな行動です。
こんなこと、普段、当たり前のようになさっている方が多いと思います。
だけど、わたしはできていなかった。自分にとっては当たり前ではなかったのです。
自分にとって当たり前でないことをするのは、勇気がいりますよ。「自分らしくない」なんて、思ってしまいがちです。
でも、今回のことは、自分にとって当たり前だった「出来る範囲」を突破して「ささやかな貢献」をしたことに、わたしにとっては意味がありました。
たまたま近くにあったから。
用事があったから、ついでに。
こんなことで、無理なくできる「貢献」だってあります。今までのわたしはそうやって生きてきました。
でも、本当はもっと出来るんじゃないのかな?
自分の限界を勝手に自分で決めてるだけじゃないのかな?
「自分」に対するそんな疑問がムクムク湧いてきたんですね。
何も、かよちゃんのために寝ずに働けとか、全財産はたけとか、そんな風に言われているわけじゃないし、そこまでする義理もないですよね。ちなみに、かよちゃん、並びに関係者の皆さんとは、わたし一面識もありません。
だけど、何かしよう、何かしたいと思ったのです。
それは自己満足なのかもしれないです。事実、募金し終わった時には「やった!」と小さな達成感がありましたから。
だけど、それでもいいと思いました。だって、わたしのこのささやかな行動こそが、かよちゃんのための「貢献」になったのですから。
大切な人からの思いを素直に受け取る
自分にとっての当たり前は、人にとっての当たり前ではありません。
だから「人が当たり前にできないことで、自分が当たり前にできること」これが仕事になるんですね。
言い換えると、他の人は当たり前にできることでも、自分にとっては当たり前でないこともたくさんあるんですよね。
今回のわたしがまさしくそれでした。
というか、「これが他の人にとっては当たり前なのに、自分にとっては当たり前にはできないことなんだ」ということに気づいていませんでした。
なぜなら、今までだったら、この手のニュースや投稿を見かけても、基本「ふ〜ん」でスルーしていたからです。
誤解なきように、お願いしたいのですが、わたしはボランティアとか社会貢献に興味がないわけではありません。ただ、どこの誰かわからない人から、自分にとって全く関係のないことを言われても興味が持てない、というだけです。
ただ、今回、なぜ行動したのか?
それはこの情報をもたらしたのが「わたしのよく知っている、わたしにとって大切な人だった」からです。
「出来る範囲で構わないから、協力してください」と言っているんだから、と、想いを素直に受け取ることができたんですね。
限界突破のキーワードは、案外こんなところにあるのかもしれないと思いました。
あなたにとっての「当たり前」は?
他の人に当たり前で、自分にとって当たり前でないこと、あなたにもあるのではありませんか?
自分にとってそれが当たり前になることが、他の誰かのためになることなのであれば、自分にとっての当たり前を壊して、先に進んでみませんか?
限界突破、してみましょうよ。