人の強固な意志の力が、
普通では考えられないことを成し遂げた瞬間を
この目で見ました。
フィギュアスケートのグランプリシリーズ中国杯、
演技直前の6分間練習で
羽生結弦選手と中国の閻涵選手の衝突事故がありました。
かなりスピードに乗って滑ってきた同士の正面衝突でした。
しばらくリンクに倒れ込んでいた羽生選手が立ち上がった時、
彼の首筋は、真っ赤な血に染まっていました。
その場にいた誰もが、テレビを見ていた誰もが、「もうダメだ」と思ったことでしょう。
普通だったら、すぐ病院に行くレベルの事故です。
なのに、10分後、羽生選手は、リンクに戻りました。
頭を包帯で覆った痛々しい姿でした。
テレビの画面からも、悲鳴に似た声が聞こえてきました。
解説の佐野稔さんも、織田信成くんも、現場リポーターの松岡修造さんも、
「試合には出ないでほしい」「安静にしてほしい」と口々に訴えていました。
でも、彼は、試合続行を決意しました。
羽生選手と衝突した閻涵選手も、一度は棄権と報道されましたが、演技を行ったのです。
羽生選手の演技が始まりました。
体調万全とは全く言えない状態での演技、ジャンプのたびに転び、
スケーティングのスピードはありませんでした。
それでも心を打つ演技でした。
演技が終った時、リンクに投げ込まれた花の数は尋常ではありませんでした。
パーソナルベストにはほど遠い得点でしたが、羽生選手は銀メダルを獲得しました。
得点を見て、羽生選手は顔を覆って泣き出しました。
おそらく、彼はメダルはあきらめていたでしょう。
でも、演技をすることだけはあきらめなかった。
どんなに無様な姿でも、思うように体が動かなくても、それでも演技をすることを彼は望んだのです。
だから、無事に4分30秒、滑りきることしか考えていなかったはずです。
得点はあくまでもその結果に過ぎないのですが、
その得点で、彼は自分が必死に伝えようとした想いが
確かに伝わったことを実感したのでしょう。
大会終了後、彼が演技を行ったことについての賛否や、テレビの報道姿勢について、
あれこれ騒がしくなっています。
それぞれの立場から言いたいことがあるのでしょうから、仕方がないことでしょうが、
少なくとも、あの状況を選んだのは、間違いなく羽生選手の意志だったはずです。
彼の健康面はもちろん心配ではあるのですが、今更とやかく言うことよりも、
今後の彼を見守ってほしいなと思います。
複数の判断基準があったあの場合、どうするのがベストだったのか?
この表を見てください。
羽生選手の希望と、コーチや関係者の判断がこの4つのいずれになったとしても、
あの場合「演技する」「演技できる」と言い切れる判断材料はありませんでした。
もし、羽生選手もコーチや関係者もOKを出したとしても、
その判断が正しかったかどうかは、わからないからです。
羽生選手が「演技しない」「できない」と判断したのであれば、それは尊重すべきで、
「演技しない」というのが唯一正解だったと言えます。
普通で考えたら、コーチは何が何でも止めるべきだったのかもしれないですね。
いいえ、もちろん止めていたと思います。
でも、ここで普通なら考えられない判断をするに至った、その理由は、
羽生選手に「演技する」という強い明確な意志があったからです。
だから、彼は演技しました。
リンクに立つというのが、彼が自分自身に問いかけて、唯一無二の答えだったからです。
底知れない強靭なメンタルを持つ羽生選手。
本当にスゴいです。
わたしは、羽生選手の気持ちが一瞬乗り移ったように感じながら、演技を見守りました。
普段はテレビとか見て全然泣いたりしないんですけど、昨日はダメでした。
と言うか、普段だったら当たり前のように我慢してしまうんですけど、昨日は「泣いていいよね」と思えました。
それほど、心を打つ瞬間でした。
羽生選手、本当にありがとう。お疲れさまでした。